冷たいだとか、言い方を優しくしろだとか言われるが、要するにそれは発言に対する思いやりが欠けていることに加えて、言葉に対する説明が足りないと言う事なのだろう。だがしかし、言葉が足りないと言えば良くない意味で上には上がある。正確には足りないのではなくて本人はそれで通じると思っているのかもしれないが元同僚の高嶺や嶋本では無いので盤には未だ謎なことが多い。振り回されている。

ただ、ほとんど無表情を崩さない彼が作り出す僅かな変化に漸く慣れて来た今、どうやら機嫌が傾いている様だった。

「あ―――ただいま帰っとうよ」

昨日誰もいなかった時と同じくマンションの扉を合鍵で開けて、明るかった室内に何となく落ち着いたものの、珍しく盤より先に自宅に帰っていた真田がリビングから覗かせた顔を見てそう思う。

「おかえり」

律儀に帰宅時のお定まりを返してはくれるものの、片二重の視線に見据えられる様にされて盤は玄関口で立ち止まった。

「……」
「……上がらないのか」
「や、上がると」

普段と変わらぬ温度の声に少しばかり安堵して、玄関に座り込むとブーツの紐を解く。自分の家では無いけれど既にただいまの挨拶を抵抗無く言える程には真田に世話になっていた。特殊救難隊に入り、否、真田を追って羽田に来たのだと本音で豪語していた日にはこう言う関係を築くことになるとは思いもしなかったのだが、どうやら盤自身は憧れや尊敬を所謂恋愛に転化―――昇華と言うべきなのだろうか―――することに拘泥は無いらしく、はっきりと好きだなどと言われた覚えは無いが真田との関係を受け入れた。

それで何が変わった訳でもない。真田も盤もどこに勤めていようが互いに仕事が第一だし、同じ職場だったとしても職場でどうこうする訳でもないだろう。下の名前で呼んだことも無ければ、そうそう盤と呼ばれることも無かった。夕飯は済んだのかとの声を否定すると、しばらくして冷蔵庫を開く音がする。癖で、揃えてブーツを隅へ置いてリビングに入ると、やけに空間の目立つ庫内が目に入った。

「あ……悪、昨日空にしたままやったと」
「?」
「いや、やから、真田さんがいない時に」

お邪魔してましたばい。

不思議そうな顔だと判断して説明すると、納得した素振りを見せる。何を考えているのか冷蔵庫の扉を開けっ放しで黙ったままの真田にも慣れてしまい、放ってソファに深く腰掛けた。飲み掛けのコーヒーは黒いままで盤の好みではない。真田はコーヒーメーカーから淹れる人だから、自分の分も淹れようと思う気持ちと、仕事が終わった疲れでソファから立ち上がりたくない気持ちでぼうっとしていると、香ばしい匂いと共にこぽこぽと水音が聞こえてきた。

「どうする」

キッチンカウンターから覗く真田に尋ねられてもさっぱり意味が判らない。

「……あんね、嶋本さんや高嶺さんと違うと。おいは脈略の無い科白じゃ真田さんの意図するところは判らんね。」

全くではないが、やはり意図が取り難いことには変わらない。余人が聞けばよくそこまではっきり言えるものだと思うようなことも、あっさりきっぱり言ってしまう盤に真田は不快を覚えることも無く足りなかった部分を補った。

「夕飯、買ってくるか、食べに行くか」
「ん―――真田さんもまだとね?」

頷く真田が淹れたてのコーヒーと角砂糖に、冷蔵庫に残っていた牛乳パックを持って来る。神兵と呼ばれた程の男に頼まずともコーヒーを淹れて貰っているのだと、しみじみしながら、あんがと、と盤が言えば無表情のままくしゃりと頭を撫でられた。

「おいは子どもじゃなかとよ」
「当たり前だろう」

揶揄している訳ではなくて、本当に撫でたいだけなのだと盤に理解出来ても、受ける盤の心中は真田には理解出来ないのだろうか。そう考えたものの、見上げた真田の目は細められていて、ああ、やっぱり少しはからかわれているのだと判る。

「あー外食なら焼き肉食べたかね、冷蔵庫の中身は帰りに買えばよかたい」
「判った」

おいの知っとう店でよかと、とカフェオレにしたカップに口を付けながら尋ねると無言で
肯定された。

「兵悟君と新装開店で行った所があるとね、結構美味かったばい」

素直に頷いていた真田がまとう雰囲気が僅かに悪くなる。小首を傾げてソファの側に立つ真田を見上げるとひよこ時代には到底判らなかった無表情の中にある険しいものに気付いた。

「……神林と行ったのか」

責める様な口調に盤は眼鏡の奥で少し瞳を瞬かせて肯定する。

「デザート奢ってくれよーもん。どうかしたと?」
「それだけか」

相変わらず斜め気分の真田に、本当に説明が足らない人だと改めて思いながら、兵悟と足して割ったら丁度良いのではないかとどうしようもないことを考えた。

「や、給料日まで半月もあるのにて嘆いとったね」

心置きなく頼んだデザートの数量に目を丸くした兵悟を思い出して、曇る眼鏡に少しだけ眉を顰めて笑う盤のカップを横から奪い取る真田の意味する所が判らなかったのは盤自身の所為なのか。

「仲が良いな」

少し曇った声音でそう言われる。脈絡の掴めない唐突な科白の意味を考える時間も次第に減って来てはいるものの、首を捻ることは多くて、おまけに今回は仲が良い、などと盤の中でどうにも繋がり難い言葉だったから答えを弾き出すことにも苦労する。
苦労して、そして驚いた。

「は……え、もしかして兵悟君のことやっと?」

否定しないと言う事はそうなのだろうけれど、そんな真田に関しては初歩の理解をすんなり出来ることの喜びより、兵悟との関係を良好だと言われたことが大袈裟に言えば心外だった。特別嫌いでもないが好きでもない、おまけにひよこ隊の時以来二六時中口喧嘩が絶えず、嶋本に怒られている場面を見ていただろうに、どこをどうすれば仲が良い様に見えるのだろうか。

「ありえんたい、いつも口喧嘩しとると」

半ば呆れ口調で講義しても、喧嘩する程仲が良いと言うだろうと、あっさり言われて
どうしようもない。

「……ま、同期やしね。ほら、佐世保の班長さんと真田さんも仲良かね」
「友人は大切にするべきだ」
「やったら何でそう突っかかる……?」

真田自身と坂崎の良好関係は棚に上げて、盤と、盤自身仲良しと思っていない兵悟の歪だが信頼はしている関係に珍しく突っかかってくる意味が不明過ぎる。やっぱり意志の疎通は難しい。何を考えて言葉に出しているのか、いっそ心中を事細かに述べてくれても良いと思うのだが、お喋りな真田と言う方が不気味だ。
取り合えず、焼き肉の話題を出すまでは―――玄関先での視線を除いて―――普通の真田だったのだから、もしかしたら焼き肉を食べたくなかったのかもしれないと思う。

「何か食べたいもんあるとね?そっちに付き合うばい」
「……いや、そこで構わない」
「やって……」

「お前が美味いと言うなら美味いんだろう、俺はあまり知らないからな。下手に余所へ連れて行くより確実だ」

先程までの悪い雰囲気はどこへやら、少し口角を上げているのは笑っている証だ。どこをどうやって機嫌が良くなったものやら見当も付かず振り回されっぱなしで、どちらかと言えば誰かを振り回すのは普段の自分の十八番なのだが、真田相手では逆になってしまう。

行くぞ、と盤のカップの中身がなくなったのを見計らって声を掛けるタイミングは以前からの物だから、人に無関心な訳ではない。ただ、本当に科白が唐突で掴めないだけなのだ。

理解は出来ないが、それが嫌いな訳ではない。嫌いならはっきりしない今の関係を続けたりしない。だが取り合えず、嶋本や高嶺の様にとまでは行かないにしろ真田の通訳が必要な科白を理解する努力はするとして、真田にも通訳の要らなくなる努力をしてほしいと思わずにはいられなかった。
















お付き合い(?)初めの頃。嫉妬と言えば嫉妬なんですが、盤が鈍いのかどうなのか。

05/07/05

05/07/06
微修正




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