>>loss


ガンガン十一月号・三月号のネタバレを少々していますのでご注意下さい。










「大佐、たーいさ」

何度目かの呼び掛けにも全く答えずに、執務室の椅子で寝ているロイに溜め息が漏れた。仮にも軍人がこんなに人が近付いているのに目も覚まさずに、あまつさえ呼ばれても起きない態をしているとすれば問題があるのだが。自分しかいないから良いものの、そう思うと二度目の溜め息が出る。上司とハボックを隔てているものは、壁でも何でもなく木製の執務机なのだから、声が聞こえないなどと言うことは無い。

「起きて下さいよ」

身体を揺すって積極的に起こせば良いと考えながら、疲れてるんだろうと思うと気が引ける。どうしようかと思案していると、おざなりに扉を叩く音が聞こえハボックが応答する間も無く開いた。

「よ、久し振り」
「中佐」

執務室に入って来たヒューズは、目的外だった人物も見つけて顔を緩める。ハボックの方も驚いたものの、ヒューズの突然の来訪はいつものことで、むしろ嬉しさが勝って笑みを作った。お久し振りですとお定まりの挨拶をすれば、更に相好を崩してくれる。

「昼寝中か」

扉を静かに閉めてヒューズがハボックと同じ位置まで近付いても、ロイは全く起きる気配を見せない。

「全然起きないんですよ、狸寝入りかと思うほど」

まあ俺の用事も大したことじゃないんで、とひらひら四、五枚の書類を振るハボックは、ヒューズから見ればどこか困っている様に思える。それは普段の顔と比べてすぐに判別出来る様なものではないのだが、ハボックにとっては生憎、ヒューズの目は誤魔化せなかった。ヒューズの推測が正しければ、本当はすぐにサインが欲しいのだろうが、おそらく
働き詰めのロイを起こすのが憚られると言った所だろうか。
一応普段よりトーンを下げて喋ってはいるものの、至近距離で会話をされながら尚も瞼を開こうとしない親友は、椅子に踏ん反り返る様にして寝ている。目を閉じると隠される漆黒の瞳が見えなくなるだけで数段幼く見えるのは、意志の強さの現れか。

「渡しておいてやるよ」
「え―――いえ」

同じく、こちらは意志の強さを普段は隠している蒼い眼が瞬く。

「仕事、まだあるんだろう。司令室か」

サインを貰ったら届けてやるぞと含まされて、ハボックが大袈裟に思える程首を横に振る。

「いえ、もう少ししたら起きてもらいますから―――」

呆れる程甘いハボックに、ヒューズは手でハボックを招く。口答えもせず近付いて来たハボックの腰を抱き寄せると耳元で囁いた。

ハボックにだけ聞こえるその声に、びくりと震えた身体が気まずそうに息を吐き、やっぱり気付いてたんですか、とこちらも小さな声で答えるハボックに、俺もよくされたとヒューズが低く笑った。一度だけ強く腰を抱き締めて離れていったヒューズの手は、再び差し出され、今度はハボックも素直に書類を手渡す。

もう少し厳しくしても大丈夫だぞ、と暗に甘さを指摘しつつ手に癖のあるハボックの報告書を見ながら言えば、返って来たのは貴方に言われたくないとその一言。

「お礼は後払いです」

悪戯っぽく緩んだ蒼い瞳に所詮お互い様かと口元も緩む。

「じゃ、ホワイトソースのオムライス」

言いながらヒューズの親指はロイを示す。僅かに目を見開いたハボックもくすりと笑うと頷いた。

「貴方も甘いじゃないですか」

言って、上司からは見えない方の頬へ軽く唇を落とす。瞳を和らげてそれを受けるヒューズに、宜しくお願いしますと頭を下げると、執務室を後にした。





扉の向こうに消えて行く背中を見送って、深く応接用の椅子に腰掛けて足を組むヒューズに、機嫌の悪そうな親友の文句が届く。

「人の前でべたべたするな」
「それだけか」

相変わらずの狸寝入りが通じていないことなどロイとて承知済みで、寝起きで無いことを欠片も隠そうとしない。ついでに言えば、見たくて見た訳ではなく何の気無しに薄目を開けるとハボックが、ロイから見えない方のヒューズの頬に顔を寄せているのが見えただけである。

「……私も食べたい」
「了承済み、あいつがオムライス作るのはお前の家でだぞ」

どうしてかチキンライスのオムライスが苦手なロイは、代わりにバターライス系の物はかなり好みの部類で、ホワイトソースなら大概チキンライスと言うことはなく、料理上手なハボックが作ると言うことで機会を逃したく無いことは察しが付く。
そしてその為には自分が何をしなければならないか、判らぬ程の間抜けでは無かった。

「寄越せ」

椅子から立ち上がる様子も見せず、持って来いと言わんばかりに横柄に突き出されたロイの手にようやく渡されるべき書類が渡る。

「苺のタルトが良い」

目を通しながら相変わらず偉そうに呟く親友にヒューズは目を細めた。苺のタルトはよく作れと強請られていた、要は好物らしい。元々ヒューズが得意としていたのだが、中央勤務と言う場所柄滅多に食べられないことを不満に思ったロイと、オリジナルを食べる迄の繋ぎでならとのハボックの意見を受けて、作り方をハボックに伝授している。結果、最初の頃はともかく、今はヒューズが作った物でもハボックが作った物でもロイは満足そうに食べている。

「どっち」

一応どちらに求めているのか確認すると、大袈裟な程眉間に皺が寄せられた。

「せっかくオリジナルが来てるいるんだ」

ハボックはメインでお前はデザート、丁度良いじゃないかとロイは不敵な笑みを浮かべ、それもそうだと片眉だけ上げたヒューズに、サインの終わった書類を押し付けた。















「大佐、その様にだらしの無い食べ方はお止め下さい」

中央勤務になって早三ヶ月、馴染みになった店の娘から貰ったチェリーパイを、頬杖を付いて咀嚼しているロイを美貌の副官が眉も顰めず注意する。先に毒味を兼ねて一切れ既に食べ終えていたホークアイは、注意しながら心の内で首を捻っていた。甘い物は好きな上司だったはずで、自分が食べた同じパイは丁度良い甘さで―――少しさっぱりしていたことを考えると柑橘類が入っていたのかもしれないが―――どちらにしろ美味しいものだった。それ故に、詰まらなさそうな、物足りない様な、何の味も感じていませんとばかりの表情でただフォークを動かしているロイが、普段はしない行儀の悪さも含めて気に掛かる。

ああ、悪かった。そう素直に謝りながらパイを半分残してフォークを置く上司に、同席していたブレダとホークアイの視線が合い、首を振るホークアイに、両手の平を少し挙げてブレダは答えた。

「大佐、お腹の調子でも悪いんですか」
「ん、いや」

不信、とは行かないまでも不思議そうな顔を変えないブレダに、自分の半分は残っている皿を見て苦笑する。

「最近胃が凭れる様になっただけだ、歳だな」

童顔で下手をすればブレダやファルマンより年下に見えそうなロイだが、実のところ三十路を一歩後ろに控えた年齢である。ああ成る程と納得したのかどうか判らない口調のブレダに、明日食べると言って小皿を執務机の脇へ押しやった。何も言わずにホークアイが静かにそれを下げて行く。自然一人残ったブレダへ、唐突にロイが尋ねた。

「ブレダ少尉」
「何ですか」
「一般的に考えて、苺のタルトとチェリーパイ、どちらが甘い」

そんなに変な顔をしなくても良いだろうと、思い切り怪訝な表情で頬を掻いて味を思い出そうとしている部下を見る。しばらく適当に唸っていたブレダは困惑しながら口を開いた。

「……さあ、そんなに甘い物食べませんし。タルトにカスタード入ってますから、タルトの方じゃないですか」

やはりそうなのか、そう思いながらロイ自身どこかで判っていた答えをはっきりさせる様に唇は念を押す。

「タルトか」

肩を竦めて、多分と言いながら書類を数枚持って執務室を出て行くブレダの背中をただ見ながら、そう言うものなのかと、椅子を窓の方へ回す。二階にある執務室は中庭に面しており、季節柄もあって生い茂る木々が眩しい。東方司令部とは違い、街の中心にある中央司令部からは、たとえ屋上に上がったとしても市街を望むことは難しいだろう。代わりの様に、街を一望出来る丘を見つけたのはいつだっただろうか。高々三ヶ月の間と言うのに記憶は曖昧になって来ていた。

どちらが甘いのか、などと馬鹿なことを聞いたものだと思う。

作り手が作られる側の好みを知っているのだから、無意味な質問だ。あの部下の言う通りならば、自分が食べていたタルトはかなり甘さを抑えて作られていたのだろう。幾度となく食べていた赤い果実のタルトより、今日貰ったチェリーパイの方が数段甘く、しつこさを感じた、レモンが入っていなければ三分の一でフォークを置いていたに違いない。
甘さも感じ過ぎると、よく判らない物を食べている様だ。

甘い物好きと認知されているが、それが作り手限定であることをつい最近まで知らなかった。甘味はいつも、彼等が差し入れてくれていたから自分で買う必要は無かったし、女性からの菓子類の貰い物はいつの間にか部下達の腹の中へと消えていたのだから。

全く無関係なことで、自身を取り巻く環境の変化を再認識させられる。

昔から傍にいる副官や、今の自分の側近達との関係が悪い訳では勿論無く、非常に良好な間柄だと思っている。誰かに誰かの代わりを求めることなど出来ないとも知っている。
だが、懐かしむ気持ちは抑えられない。彼等は揃って傍から居なくなった。
その事実だけは、何度思い出しても止まる所を知らぬ怒りと、己の腕の不甲斐無さを覚えさせる。

だが、だからこそ、立ち止まりなどはしない。

過ぎたことは戻らない。後悔などどれだけしたか判らない。
ただ、たった数ヶ月で両方とも失ってしまうなど思いもしなかった。
それでも、仇を討つこと、抱いた野望を達成するまでに、忠実な部下が追いついて来ることを確信している。















>>end


昔を懐かしんで変に落ち込んでてもいいかなと。
今更ながら突発的に書いたのでその内どうにかしそうです。


(05/05/16)

back